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日々の地区あつめ

われら地区あつめ隊の、めくるめく採集記

2019/08/20

知らなきゃ損、うまいわパパイア!

えいです。

「パパ嫌、ママがいい~」

公園に行こうよと誘うと、娘がそういうとです。
ひとりぼっちでシーソーしてもおもしろくありません!
えいです……えいです……えいです……。

清武町総合支所で町内の特産物について尋ねたとき、「清武町にはパパイアがありますよ」といわれました。

「パパ嫌? ですか」
娘からいわれた冒頭の言葉が頭をよぎります。

それはさておき、パパイア生産者の田代敏徳さんをご紹介いただき、パパイア畑を見学させていただきました。

清武町でのパパイア生産がはじまったのは、15年ほど前にさかのぼります。
町内で独特のものをつくろうと当時の町長の音頭からはじまりました。はじめは3軒の農家からスタート。

そのころ、花農家だった田代さんは、育てていたかすみ草のブームが去りつつあったこと、求められる花の品質保持に手がかかるようになってきたことを機に、花生育ハウスの片隅一列にパパイアを植えてみたそうです。海外から輸入されるパパイアはあまりおいしくないが、自分たちでつくったパパイアはおいしかった。これならいけると思った。以来、徐々に花からパパイアへと作物の生産割合を変えていきました。今では約750本ほどの木で年間15トンも栽培しています。

最初はやはり試行錯誤の連続。しかし、一生懸命な農協や農業改良普及所の職員たちからアドバイスを受けました。害虫対策として、天敵を投入する栽培方法に成功し、これまで一度も農薬をかけずに生産ができています。

おいしさもだんだん増しているそうで、当時12度だった糖度も現在では15度まで上がりました。収穫したパパイアのほとんどは農協に出荷、二級品のみを地元の直売所(四季の夢など)に卸していて、「一度食べたらやめられない」というリピーターが多くいます。
さらには、一度に大量に購入して朝、昼、晩と毎日3食に欠かさず食べているパパイア好きまで。普通にそのまま切って食べたりサラダに入れたりと、パパイアのおいしさを楽しむ方法はいくつもあります。

おいしさが増した要因は、優れた母樹を選んでいることや燃料を使って温度設定を上げたことなどが功を奏したのではないか、と田代さんは言われます。また、パパイアでは不可能と言われた挿し木に田代さんは成功し、生育期間を縮めることを実現しました。今では、JA宮崎中央パパイア研究会の7軒の生産者も田代さんの挿し木を使用しています。

宮崎の日照量の多さがパパイア生産に適していて、あまり手もかからないそうですが、大変さや苦労もやっぱりあるそうです。パパイアは目を離すと大変で、木の向きを変えるタイミングの見極めが重要だそうです。

どぐろを巻いた大蛇やドラゴンのようなパパイアの木は自然とそうなるのではなく、植えて育てながら、木の向きを矯正していきます。なかには、意図しない方向に木が伸びて、ほかの木や通行の妨げになっているものがありました。また、この巨大な木を7年から10年ほどで植え替えるのですから、これまた大変な苦労でしょう。さらに台風でハウスが水に浸かったときには、パパイアの木に病気が出たり、防除する機械を買い替えたりと被害も出ました。

農家でもあり神職(船引神社の宮司)でもある田代さん、パパイアの収穫は一日おき、週末は神職もあり、「旅行に行く暇もないですよ」と忙しいようですが、夜なべをして趣味の彫刻に勤しむこともあるのだとか。

「お宅のはおいしいね」といってくれるのが、やっぱりうれしいという田代さん。
パパイアという国内では珍しい作物を生産しているおかげで、数多くの芸能人がこれまで田代さんのもとを訪れているそうで、うらやましい限りです。


(こちらの写真は食べごろの少し前です)

これまでの多くの苦労を経て、「清武町と言ったらパパイア、パパイアと言ったら清武町」と呼ばれるまでの名産品になりました。
しかしながら、実はパパイアのおいしさを僕はいまだに知りません。これまで損していた気分ですので、この機会にパパイアを買って帰ります。

そう、「パパがいい~」が聞けるのを夢みて。

この記事を書いた人

えいさん

3年前に旅行したときに出した自分宛のハガキが先日、自宅に届いていました。郵便屋さんに見られるかと思うと、ちょっと照れますね。★★★ 地区あつめ隊のあつめる係。 イチロー選手の引退により、ぽっかり空いた心の穴を埋めるべく、夜は焼酎で酔いがまわり、昼は宮崎市内の地区をまわり、情報をあつめています。オレンジのワーゲンバスが市内を走っていたら、左ハンドルをにぎっているのは、きっとぼくなのでお気軽に手をふってください。

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